『18歳の今を生きぬく』

 高卒後、さまざまな進路をたどった若者が、それぞれの進路においてどういう経験をしているのかインタビュー調査から見ていく。
 で、面白いのが、高校3年の秋に1度インタビューをし、卒業後1年目の秋〜冬に同一人物たちにもう1度インタビューをする方法を取っていること。つまり、進路選択直前or選択時の思いと、選択した道に進んだ後の思いを比較しながら、思いの変化をもたらした要因と、若者が(主として進路選択をめぐって)置かれる状況を考えていこうという感じで。
 ちなみに、調査はこの後もまだ継続されてる模様。年を経るごとに、若者たちがどういう認識を持つようになっているのか、その変容は何から導かれているのか、ということをより長いスパンで見れるものすごい研究になってる気がする。

内容の大まかなまとめ

 対象者は、東京の2つの公立高校を2003年に卒業した若者たち。

18歳の今を生きぬく―高卒1年目の選択 (AOKI教育LIBRARY)

18歳の今を生きぬく―高卒1年目の選択 (AOKI教育LIBRARY)


 目次は以下。

第1章  格差社会・やりたいことと自己責任――若者たちが歩み出す社会の現在
第2章  東京の若者たちの〈学校から仕事へ〉
第3章  「働くこと」を生きぬく
第4章  「やりたいこと」と働きつづけること
第5章  若者たちのもつ経済・文化資本と「新しい不平等」
第6章  進路をめぐる親子間葛藤
第7章  家族をつくる
第8章  思わぬワンランクアップとしての大学進学
第9章  専門学校に進学する若者たち
第10章 「地元」で生きる若者たち
第11章 「高卒一年目」の若者たちが直面していること――まとめにかえて

 まとめの部分から、調査によって見えてきたことをいくつか引用。

 まず指摘したいことは、高卒者の進路をめぐる急激な変容の中で、彼ら彼女らの高校生になるまでに抱いていた進路展望が大きく攪乱され、しかもそのもとで高卒時の進路をめぐる格差が大きく広がっていることだ。これまで高校生にとって卒業後の大きな選択肢は、進学(大学・短大・専門学校)か、就職(正規雇用)かだった。(中略)しかし卒業直前の段階で、私たちが対象とした少なくない生徒たちが現実に直面したのは、進学かフリーターかという選択肢だった。(pp.255-6)

こうした状況(雇用の流動化/非正規雇用の拡大)が、若者の進路選択に対していかなることを具体的に招くかと言うと。

 第一に、多くの生徒たち(中略)が高校入学当初にイメージしていた「就職」という選択肢が、いざ現実の選択に至って、きわめて難しいという事態に直面し、したがって就職を「普通の進路」と考えていた彼ら彼女らや家族たちにとって、その進路展望が大きく攪乱されていることである。(中略)
 第二に、攪乱された進路展望のもとで、「家庭の経済力」と言う要素が、(中略)これまで以上に突出して大きな影響を与えていることである。(中略)
 第三に、格差という点でもう一つ付け加えておく必要があるのは、男女間のジェンダー格差である。(pp.256-7)

という感じ。3つ目は、男性は何とか正規雇用になれるけど、女性は非正規や無色になるパターンが多くなるって話。
 このような、進路を選ぶ時点での困難さ以外にも、就労の不安定さという困難さもある。以下のような感じ。

 第一に、「フリーター」たちの就労の不安定さである。(中略)
 だが第二に、こうした不安定さは、非正規雇用の場合だけではない。正規雇用就職した者たちの多くの状況もまた、「フリーター」たちとそれほど違うわけではない。
 第三に、(中略)(働いて、後に離職した若者たちが:引用者注)離職までに著しく心身を傷つけられている問題である。(pp.259-61)

1点目は、働き続けることの不安定さ(とそれが招く経済的不安定さ、職場での人間関係の不安定さ)。2点目は、労働環境の苛酷さ。3点目は、過酷さに耐えないといけない過酷さ。そんな感じか。
 で、こうした雇用をめぐる社会変動に即した対策が取れてないとも指摘されてて。たとえば学校における進路指導。

 フリーター志望など、これまでの就職・進学の枠の外にある者たちには、担任教師らからの心配の眼差しはしばしば注がれたものの、具体的な指導・相談はほとんどなく、非正規就職者は事実上、本人任せに「放置」された状況であった。(p.264)

と。また、「家庭の経済力」の影響力増大以外にも、出身階層の力が影響を与えている部分があって、それが「文化資本」であったりして(p.265)。仕事を有利に展開できるような資本・資源を持つ若者と、そうでない若者との間では、たどる経路や持ちうる選択肢が随分異なってくる。で、こうした時に、誰もが活用可能な公的資源があればいいんだけれども、日本にはそうした公的資源が「極端に限られている」(p.265)ということ。イギリスに比べると「ほとんどゼロに近い」と。
 一方、資源を持たない若者(も持つ若者)も、困難な労働環境を生き抜くことが可能になったり、仕事の展開に際して活用が可能な資本・資源を持ってもいると。それが、「地元」において育まれてきた、若者たちのインフォーマル・ネットワーク。しかしこうしたインフォーマル・ネットワークも、高校改革等、若者の生活を個人化・個別化しようとする力によって、貧しくさせられる懸念もあると指摘されてる。

感想

 サンプリングの問題とか、事例の代表性の問題はもちろんあるけれど、それは限界として分かった上で。読んでて非常に考えるところが多く、(深刻な問題なんだけど)面白い本であった。目次に象徴されているように、扱われてる事項も網羅的だし。
 希望を持って将来を構想しようとしつつ、でも現状の厳しさからなかなかできないって若者が多くて、読んでて辛くなった。で、出身階層を背景とした何らかの資本が、若者の生き辛さを左右する部分もあってやはり辛い。生きやすくなる人はそのままでいいだろうが、生き辛さを解消する(あるいは回避する)資源が少ない若者には、公的な資源の提示によって選択肢を増やすべきなんだろうなと考えた。
 一点思ったのは、最後のインフォーマル・ネットワークのところ。こうしたネットワークからすら疎外される若者もおそらくいて。「そうした若者はまたとんでもなくきついんだろう」とか。「ではどうするか」とか。ちょっと考えないといけないことかもと思いつつ。